産業遺産の見どころ

④日本の火薬取締法発祥の地!

④宇都野火薬庫跡(国指定史跡)非公開.jpg

宇都野火薬庫跡・・・国指定史跡2008(平成20)3月・・・非公開・・・1912(明治45)年に完成した近代の採鉱技術に大きな影響を与えた火薬類の倉庫で、第1棟から第3棟が花崗岩造の保管庫、ダイナマイト庫、導火線庫で最後に追加された第4庫は煉瓦造の火薬庫となっています。当時の火薬類取締法に定められた仕様が忠実に反映されています。

※見学会がランダムに開催されていますので、当サイトでの御案内をお待ちください。

③採掘・選鉱・製錬のコンパクトシティ!

③小滝の里.jpg

小滝の里と呼ばれているこの場所は、1920(大正9)年まで、山手に小滝選鉱所がありました。鉱石を精鉱、中鉱、廃石の3種類に分ける手選鉱を女たちが手掛けておりました。小滝索道のステーションや小滝坑事務所、従業員のための娯楽施設小滝座、近くの小滝坑、小滝小学校近くの小滝製錬所、対岸の小滝病院、山の傾斜を利用した段々畑のような従業員社宅等など関連施設がコンパクトに集約されておりました。小滝の里碑付近は、小滝坑事務所跡です。昭和29年3月に廃坑となるまでの70年間に渡り、大いに栄え、最盛期は約1万人が暮らしていた地域です。道沿いに残る新小滝坑の山の上には、二号地と呼ばれる段々の鉱山社宅がありました。遺構を観ると、両側の住宅の間に水路があり、日々の暮らしを営んでいたことが想像出来ます。

対岸には、北夜半沢・南夜半沢・の鉱山社宅があり、小滝病院がありました。更に下流にも鉱山住宅の地区がありました。

②古河市兵衛を魅了させた銅鉱石発見の地!

②旧小滝抗跡(江戸期).jpg

小滝坑跡(江戸期)・・・江戸期に開鑿されたこの坑道は、足尾銅山三大坑道の一つで、1885(明治18)年7月に、この旧坑を取り明けて、採鉱準備を開始し、翌年に大直利を相次いで発見します。江戸時代にこれまでと諦めていた開鑿の僅か10センチ先に大直利が存在していたのです!市兵衛の運の強さが垣間見えたようです。現在、道路沿いにある新小滝坑は開発の進行にともない再開発され使用することになったと伝えられています。1954(昭和29)年に廃鉱となるなるまでの約70年間栄えました。周辺の対岸には段々畑のような鉱山住宅が何棟も造成され、病院・商店・学校など最盛期には小滝地区だけで1万人の人々が暮らしました。足尾は、最盛期に3万8千人(実際は住民票移動無の坑夫を入れると5万人とも言われ、宇都宮を凌ぐ人口がひしめきあって暮らして居ました)の人口が居ましたが、そのうちの1/4が小滝地区に居たことになります。

①ジュラ紀から眠る鉱物の山への御案内!

①備前鍎山標識.jpg

日本一の銅を埋蔵する備前楯山(1272m)の入口です!標識は国民宿舎かじかの前にあります。

 

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