産業遺産の見どころ

⑲14番目の復元ガソリンカーと保存車両!

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あしおトロッコ館・・・あしおトロッコ館は、分館に足尾駅保存車両を持った社団法人です。国鉄足尾線を始め全国各地で活躍した鉄道車両(主に気動車・貨車・機関車)を保存し利活用しています。毎年春と秋に一般公開を行い、実際の車両が展示線を走行します。それ以外の日は、敷地外から外観をご覧いただけます。

本館は、4月から11月の毎週土日祝に開館しております。全国各地の貨車や機関車等などを整備し復活する作業をしております。興味のある方、参加希望の方は是非お越しください。本館では、往時を走っていたガソリンカーの14番目を復元して、毎月第一土日に走らせておりますので、是非体感してください。https://x.com/ashiotoro

 下記の画像は、2025.8.8・・・創業150周年・足尾銅山記念館開館記念として、往時の鉱業所事務所と往時に縦横無尽に走っていたガソリンカーのコラボ写真になりますが、実際に往時にはコラボ出来ず幻の貴重な映像になります。この実現できなかったコラボは、古河機械金属㈱会長と我々関係する足尾住民との熱い思いの基に、実現できたものとなります!

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⑱幕府直轄御用銅の地 銅街道の起点!

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代官所跡・・・江戸初期、足尾銅山は、徳川家康の側近天海大僧正の管轄の元、幕府直轄となり、代官所が置かれました。図面には吹所(銅製錬所)があります。この場所は、通洞駅を背にして左側一体となっており、幕末には、別子銅山を手掛けていた泉屋が銅の検証に来山しております。また、代官所前は、銅街道の起点となっており、碑が残っています。

⑰江戸中期の足字銭鋳銭の地!

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鋳銭座跡・・・1741(寛保元)年山元救済のため、幕府に願い出て鋳銭座を設け、1746年まで、寛永通宝一文銭が鋳造されました。石碑が残っているこの場所とは違って、足尾銅山の産業遺跡によれば、実際は、中央グラウンド付近の山側と推定されています。

⑯江戸期の足尾銅山への入口!

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簀子山神社大鳥居・・・江戸期、足尾銅山の中心はここ渋川沿いの簀子にあり、この奥には簀子山鉱山神社がありました。その社殿は、幾度の洪水で崩壊してしましました。この大鳥居や狛犬も渋川の中に倒壊し、また流れてしまいました。この大鳥居は、昭和61年の護岸工事の際に、役所や工事業者によって、蓮慶寺境内に引き上げられ補修されました。狛犬も大正10年には、通洞鉱山神社に奉納されています。

この上流が、備前楯山で足尾銅山発見の場所となっております。江戸期は、福田直右衛門と神山清右ヱ門を名乗った鉱山師が代々この地を開発してきたようです(文献在り)。狛犬は、神山清右ヱ門が1741年の足字銭鋳造を記念して奉納したもので、今でもしっかりした状態で現存しているため、足尾の石と書かれている文献から推測すると、流紋岩(正確には溶結凝灰岩)だと思われます。(金属鉱山会の方の指導による)

⑮幕末からの坑夫救済の拠拠り所!

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足尾キリスト教会・・・国登録有形文化財2014(平成26)・・・1908(明治41)年、英国の鉱山で成功したグリン・ビビアンが設立したキリスト教団マイナーズミッションの献金により建設されました。その主旨は、世界各国の首位鉱山所有地に教会を建てるとし、日本は足尾銅山が選ばれました。坑夫たちの心の救済を図ったものです。

※土日のミサで入館出来ることがありますので、牧師さんがいらしたらお尋ねください。

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